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	<title>nrkw.jp &#124; naruki kurokawa</title>
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		<title>なきものにする心意気</title>
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		<pubDate>Tue, 17 Jan 2012 11:27:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Naruki Kurokawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[超久しぶりなんですが、ずっと書きたくて下書きに残っていた記事があって 今なら書ききれそうだなっと思うことがあったので書いてみますん。 ツイートができるようになって、いいね！ボタンがついて 我々はWEB上のコンテンツに簡単 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>超久しぶりなんですが、ずっと書きたくて下書きに残っていた記事があって<br />
今なら書ききれそうだなっと思うことがあったので書いてみますん。</p>
<p>ツイートができるようになって、いいね！ボタンがついて<br />
我々はWEB上のコンテンツに簡単におすすめしたり、意見が言えるようになりました。</p>
<p>そうした時に<strong>「よくないね！ボタン」も欲しい！</strong>なんて思うことがある。<br />
たぶん僕に限らず、「いいね！」と言いたい気持ちがあるのと同じくらい、「これはないよね！」って否定したい気持ちも<br />
心の中に持っている。<br />
だれかにとって素晴らしい音楽かもしれないけれど、自分にとってはどこかで聞いた事があったようだったりすると<br />
えぇ、これのどこがいいの？って言いたい。<br />
声を大にして言いたい。<br />
<span id="more-416"></span><br />
ほいで、その気持ちがムクムクと盛り上がってくると<br />
わざわざyoutubeのリンクはって、、、これひどくない？完全に〇〇のパクリじゃん！<br />
って言って自分のソーシャルストリームに流したりしたくなったりして。</p>
<p>なんだけど、逆にそれによってPVが上がったり、再生回数が増えちゃったりして&#8230;</p>
<p>炎上マーケティングなんて、虚しすぎる言葉もあるくらいだし<br />
週刊誌とか、中傷するばっかりのスポーツ新聞の記事は、<br />
あえていきすぎた論調で<br />
怒りを呼び込んでPVを稼いだり目立たせてたりします。</p>
<p>だから結局、「よくない！」と思う気持ちに立脚して行動をするのは<br />
逆によくないものを世に広めるキッカケになっちゃう。</p>
<p>否定をするのは簡単だし<br />
先述のとおり、否定したいモチベーションは僕にだってある。<br />
けど、ふつふつと沸いてくる怒り（？）をしずめて<br />
そっとブラウザの×ボタンを押すべきかもしれない。</p>
<p>自分の不快感や怒りを鎮める為にシェアして<br />
他のひとと怒りを共有する必要はあるんだろうか？<br />
それはもしかしたら八つ当たりに限りなく近いものじゃないだろうか。</p>
<p>よくないものも学ばないと、いいものも分からない！<br />
と言う主張もあるとは思う。<br />
けれど、今は途方もない数のコンテンツがあって<br />
データがあって<br />
ウェブサイトがあって<br />
音楽も、デザインも、写真も、映像も、<br />
素晴らしいものがこれだけあるのに<br />
わざわざ、よくないものの流通を増やす必要があるんだろうか？</p>
<p>嫌でも嫌いなものには出会うし<br />
嫌いなものを世から消せ！ということじゃない。<br />
理解出来ないもの、自分の価値観にそぐわないものを見たときに<br />
存在を否定する必要はなくて<br />
<strong>そういう人もいるんだな、これは自分向けじゃないんだな</strong><br />
って心の中で思うだけでいいんじゃないだろか。</p>
<p>いいね！の思想というのは、大事なものだけが残ったらいいよね！<br />
ということ。<br />
そして、よくないね！のものはほったらかされて<br />
淘汰されて、流れて、消えて、<br />
WEBの藻くずになったらいいんです。</p>
<p>ひどい、誰かを傷つけるためだけの記事なんて<br />
1PVでも少ないままこの世から忘れ去られて<br />
見られなくなって<br />
それを書いた人にはどんどん原稿の依頼がいかなくなるようになればいいと<br />
結構本気で思ってます。</p>
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		<title>失恋をしたらお小遣い帳をつけろ！</title>
		<link>http://www.nrkw.jp/?p=362</link>
		<comments>http://www.nrkw.jp/?p=362#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 25 Oct 2011 09:41:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Naruki Kurokawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[この間、憧れ輩であり親友であり、バンド映像をもろもろお手伝いお願いしている未来さんと 僕の最年長のお友達の八さんのお宅にあそびに行った帰り道（深夜2時すぎ） 首都高都心環状線を運転中に、むかしむかしの恋話になりました。  [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>この間、憧れ輩であり親友であり、バンド映像をもろもろお手伝いお願いしている未来さんと<br />
僕の最年長のお友達の八さんのお宅にあそびに行った帰り道（深夜2時すぎ）<br />
首都高都心環状線を運転中に、むかしむかしの恋話になりました。</p>
<p>当時、僕が3年付き合ってた彼女と別れて、<br />
立ち直るために、本気でお小遣い帳をつけはじめた！<br />
っていう話をその前にも未来さんにしたことがあったんですが<br />
イマイチ意味が分からないのでもっかい説明してくれないか。。。と。</p>
<p>そりゃそうだ、今書いててもなんのこっちゃわからない。</p>
<p><span id="more-362"></span></p>
<p>前段として<br />
当時その彼女とは僕が大学生から社会人になりつつある時に<br />
お付き合いをしていたので<br />
ちょうど僕が日々扱える金額が増えていっていた時期だったっていうのも<br />
あるのだけれど</p>
<p>少し青臭い話に聞こえるかもだけど、当時一番思い知らされたのは</p>
<p>付き合っているときっていうのは別にお互い別れようと思って<br />
なにかしてるわけじゃないし<br />
傷つけようとしてるわけでもなし<br />
しかし、日々の甘えや、雑な言葉選びの積み重ねで<br />
すれ違いが増していったりするということ。</p>
<p>もうぜんぜん、そこに悪意があるわけじゃないのに<br />
気がついた時には取り返しがつかない。</p>
<p>そう考えると、普段意識せずにやっているすべてのことが本当に信用ならないと思うようになった。</p>
<p>でね、例えば</p>
<p>ある日、僕が銀行から一万円を下ろして<br />
タワレコに行っていつもの試聴機をひととおりめぐって<br />
欲しいCDが2枚あったとする。<br />
で、その両方を買うか・・・片方を買うか・・・<br />
って時に、なんとなーく2枚買ったり<br />
そのあとに飲みの予定があるから1枚にしておいたりする。</p>
<p>それって、なんとなくの決断で</p>
<p>あとから「あぁ！一枚にしとけば良かったー！」とか・・・<br />
「あぁ！誰々さんも良いって言ってんだ、買っときゃ良かったー！」とか・・・<br />
ってしょっちゅうあるじゃん。</p>
<p>長らく一緒にいた人と別れる時の喧嘩みたいなものは<br />
不毛だったり、不毛じゃなかったりすると思うけど<br />
結局、いつかのなにげない一言を、互いにやりだまに上げ続ける作業になりがちで</p>
<p>私はこうしてたのに、あなたはこうだった。<br />
俺はこうしてたのに、君は違った。<br />
それに尽きちゃう。</p>
<p>でも、そこで取り上げられる出来事のひとつひとつに<br />
責任をもてるほど、24時間全てのものごとに正確なジャッジなんて出来るわけなくて</p>
<p>「なんであのときCD二枚かわなかったの！！」<br />
ていうのと<br />
「なんであのときメール返してくれなかったの！！」<br />
は、さして責められてる方としては変わらなかったりする。</p>
<p>要は、結局、ひとつひとつをぞんざいに扱わないでくれ！<br />
CD買うのと並列にしないで！<br />
っと言われているんだということは理解できる。</p>
<p>でも、やっぱり無理じゃん、そんなもん。<br />
全部は無理。<br />
逆に、気兼ねない、気を使わない関係を良しよもすることもあるわけで<br />
そんなの気分や価値観と、モノゴトの線引きや、少しの気遣いの問題でしかないんだけれど<br />
でも、その少しの気遣いの調整のための喧嘩では<br />
やっぱり実例を挙げあわなくちゃいけないわけだから<br />
結局、最初のやりあいに戻ってきてしまう。</p>
<p>ああだった、こうだった、<br />
信じられる、もう信じられない、<br />
の応酬のあとにお別れをして<br />
当時の僕はそこで、<br />
せめて日々の決断で自分で自分が何を選んでるか<br />
知ってみたいと思うようになった。</p>
<p>とりあえず、毎月の収入がなんとなーく、どこかに消えるのではなくて<br />
金額としてわかれば自分の嗜好性の変化、<br />
日々の決断の積み重ねが見えてくるんじゃないかと。</p>
<p>で、徹底的にお小遣い帳をつけてみた。</p>
<p>ある月は、食費がすっさまじいことになってたり<br />
ある月は、めちゃくちゃ雑誌買ってたり。。。<br />
結構毎日違う。</p>
<p>そうすると、すっごいインプットを求めて雑誌を買ってるんだけど<br />
買うだけで読む暇ないからまた買ってる時とか<br />
自分が映画が見たくなるタイミングとか<br />
飲み代が多くて、あぁ、今月はいろんな人に会ったんだなぁーとか。<br />
電話代のばかたかい月とか<br />
そういうのがホントよくわかる。</p>
<p>別にだからって貯金するわけでもなくて、<br />
ただ、今まで知らなかった方法で自分の状態がわかる。</p>
<p>完全な客観性なんてものはどこにも存在しないと信じて疑ってないけれど<br />
仮に究極的な客観性を得られたとすると<br />
きっと人に優しくなれんじゃないかと思っていて<br />
（究極の人のふり見て我が振り直せが成り立つから）<br />
ということは、<br />
こうして別角度から自分の行動様式を見るだけでも、<br />
色々もう少し人としてマシになれるかもしれない。<br />
と、思ったのでした。</p>
<p>だから今でも1円単位でつけつづけてる。。。<br />
どころか、むしろお小遣い帳つけてると結構心が落ち着く 笑</p>
<p>本当に気づくことあるの？って思うかもだけど<br />
そんな人のためにちょっとした例を。</p>
<p><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/IDEO" title="IDEO" target="_blank">IDEO</a>だったと思うんだけれど、、、<br />
IDEOっていうのは、徹底的な調査やリサーチをして、そのインサイトをプロダクトデザインに落とし込んだり<br />
サービスに落とし込んだりする、世界最前線のコンサルタント企業ですが<br />
IDEOの本で、デプスインタビューの過程を説明しているところでこんな事が買いてあった。</p>
<p>（うろ覚えだけど）</p>
<p>ある家庭の食生活を調査するために、沢山の人に「先週どんなものを食べたか教えてくださ」っとインタビューをしたところ<br />
面白いことにほとんどの人が</p>
<p>「えっと・・・先週はちょっと特別で、外食が多かったんだけど・・・いつもはもう少し自炊をしているのよ」</p>
<p>っといった具合に「先週はちょっと特別で」っと枕詞をつけたという。<br />
でも、日々の生活の決断は結局いつまでも特別で、<br />
その時限りの決断を繰り返しているのが普段だと思う。</p>
<p>毎日本当はこうしたいと思ってるんだけど、そう出来てないことの方が多かったりするし<br />
その反動で日々の決断なんてどんどん変化していく。</p>
<p>特に自分のことを説明しようとすると・・・<br />
自分大丈夫バイアスみたいなものがかかったり<br />
逆にすっごく謙遜してしまったりで<br />
普遍化して説明するのは難しい。</p>
<p>最近あんまりテレビ見ないんだよねー！<br />
ってお昼ごはん食べながら、会社の同僚と喋った日の夜に<br />
たまたまIPPONグランプリやってるのをtwitterで知って見ちゃって<br />
結局、数時間テレビの前から離れられなかった！<br />
なんてことがあったとして、それはその人がテレビを見ない人って言えるのかなー<br />
っていうとそうでもないと思う。</p>
<p>人は日々変化するから、ある一点で切って一般化することは難しい。<br />
だから、究極的に自分のことを一般化したり出来ない。<br />
時間の流れの中で、次々と選択を変えていくことしかできない。</p>
<p>逆に、人は亡くなると説明がしやすくなる。<br />
業績や、思い出でその人を説明してもブレなくなるけども。</p>
<p>だから生きてるとブレるし、変化する。<br />
結果、約束はいくらでも反故される。<br />
自分も相手もブレまくるっていう前提が<br />
相手をもう少しだけ敬う気持ちを生むのかもしれないけれど<br />
それでも自分はブレないと言い切れるのが愛情なのか<br />
そうしてブレる相手をも受け止めるのが愛情なのかは<br />
また次の話だったりして。</p>
<p>ちなみに、時々家計簿の話をすると面倒で無理ー！<br />
とか、どうやってるの？って方法をよく聞かれるのだけど</p>
<p>まず、出来るだけレシートを貰っとくっていうのと<br />
細かい出費はSuicaで済ませちゃう。<br />
あと、レシートもらい忘れたり<br />
割り勘で半端なお金を払ったときは<br />
携帯で、金額分の電話をかけるのがおすすめ。</p>
<p>そうすると例えば4567に電話かけてワンギリしておくと<br />
その時間に4567円払ったってことがメモとして残るから<br />
あとで発信履歴見ると、大体わかって便利ですよん！</p>
<p>ちなみにこれはiPhoneのない時代に編み出しだ方法なので<br />
もっといいアプリとかがあるかもしれないけれどねん。<br />
あったら教えて下さいー！</p>
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		<title>得意なことをするということ</title>
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		<pubDate>Thu, 20 Oct 2011 09:57:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Naruki Kurokawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[たいっへんご報告が遅くなりましたが バンドをはじめました。 http://pnm.jp 結成してだいたい3ヶ月。 はじめてメンバーが全員揃ったのはなんと、8/14日だったんですが 10/1にライブを強行して、10曲演奏し [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>たいっへんご報告が遅くなりましたが<br />
バンドをはじめました。<br />
<a href="http://pnm.jp" title="play new moments" target="_blank">http://pnm.jp</a></p>
<p>結成してだいたい3ヶ月。<br />
はじめてメンバーが全員揃ったのはなんと、8/14日だったんですが<br />
10/1にライブを強行して、10曲演奏しました。<br />
250人近いお客さんに来てもらって<br />
もう、素晴らしい一日になりました。<br />
ほんと、やって良かった。できて良かった。</p>
<p>当日のMCでもちょこちょこ喋ったんですが<br />
ちょうど前日の9/30が誕生日で29歳になりました。<br />
6月ころに、ふと自分の20代の最期の一年が近づいてきてるのに気づいて<br />
20代のうちにやり残してることはなんだろうな…っと<br />
考えた時に、まぁ、まっさきに思い浮かんだのがこのバンドだったんです。<br />
<span id="more-359"></span><br />
だから、ずっとやりたかった事を全部やってみたバンドで<br />
自分なりの発見もものすごくあったし<br />
足りなーーーいところも<br />
これでもかっと思い知らされました。</p>
<p>少しだけやってみたかったことの具体例を紹介すると、<br />
チケットの仕組みってもっと色々あっても良い気がしていて<br />
ちょっと実験的にある方法を試してみました。</p>
<p>チケットって、買ってしまうとそれはリスク。</p>
<p>買ってから当日までの間に行かれなくなっちゃうかもしれない。<br />
だから出来るだけ直前まで買いたくなかったりすると思うんです。</p>
<p>僕も友達のライブに行くときは、どんなに行くつもりでいても当日に<br />
「今日行くよー！取置きお願いねんー！」<br />
みたいなメールで済ませちゃうことがとっても多い。</p>
<p>だからこそ、実際に前もって買ってくれている人というのは<br />
例えばライブの30日前に買ってくれたのだったら<br />
30日間、何か予定が入る可能性を差し置いて<br />
チケットを買ってくれるわけだから<br />
もっとそのことに報いれたらいいよね！と思ってたんです。</p>
<p>例えば、フジの早割とかは同じことかもだけど、あんな規模じゃなくても<br />
今の時代なら小さなイベントでも出来ることがあるんじゃないかと。</p>
<p>というわけで、日に日にチケットの値段が変わるpaypal購入の仕組みを入れてみたりしました。<br />
30日前に買えば600円引きで、毎日値段が20円ずつあがっていくかっこうです。<br />
（そのぶん受付のスタッフは大変だったと思うんだけど、助かりました。本当どうもありがとう！）</p>
<p>と、運営面でも音楽でも思いついたことはみんなやらせてもらったんだけれど<br />
ただね、もうなによりも試してみたかったのは<br />
<strong>得意な事をする楽しさ！</strong><br />
これに尽きるわけデス。</p>
<p>僕は社会人というか、お仕事をはじめて5年半になりますが<br />
仕事をしていると<br />
「これ俺やんなくてもよくない？」<br />
みたいな仕事っていっぱいあると思うんです。</p>
<p>というか、得意なことをやる機会って本当に少ない。<br />
会社の事情にむりくり人を当て込んでいくことの方がどうしたって多いと思う。</p>
<p>で、人事異動で、なんでわざわざ不得意なことをこの人にやらさせるんだろ？<br />
みたいなことも多々あるわけです。</p>
<p>人生さして長くないのに、見聞を広める名目で得意じゃないことさせたり<br />
人が足りないからあれもこれもーーー！！って<br />
誰かに頼っちゃうのは<br />
本当に、社会にとっての損失だと思う。</p>
<p>じゃあ、得意な人が得意なことだけやればうまくいくのか？！<br />
そんなに甘いわけ無いだろ？！</p>
<p>って声が聞こえてきちゃいそうですが<br />
確かに、仕事だったらそういうこともあるかもしれないけれど<br />
好きでやってる音楽だったら、まだ可能性あんじゃないかな？<br />
などと思うなどしたわけです。</p>
<p>逆に言えば、音楽でできなかったら仕事でだって出来るわけない。</p>
<p>で、もう少しだけ深堀りすると<br />
得意なことって、そのまんまその人の性格だと思うんです。<br />
性格なんて変えられない！なんてよく言うけれど<br />
変えられない、ブレないその部分が<br />
そのまま求められるようなチームがあればいいじゃん。って。</p>
<p>細かいことが気になる人は、大雑把な人のとなりできめ細やかに。<br />
気持ちが顔に出ちゃう人は、緊張しいの人の隣で気持ちでみんなを引っ張っていくように。<br />
声が大きい人は、みんなが迷った時によくわかるように。<br />
そういうふうになればいいじゃんか、と思って9人に声をかけてみたんです。</p>
<p>だから、メンバーにはごめんなさいだけど<br />
変な話、楽器の上手さとか差し置いてメンバーを誘いました。<br />
そしたらまぁ！楽しかった！！</p>
<p>すごい演奏を聞いたり、素晴らしい映画を見たり<br />
圧倒的な小説を読んだり、胸をうたれるデザインを見たり<br />
ってすると、あんな人になりたいなー！<br />
みたいな気持ちになるけれど<br />
特に高校生くらいの時は圧倒的な実力とかが欲しくて<br />
スーパースターになりたくて<br />
そうなることで、お金持ちになって女の子にもモテテ<br />
ﾋｬｱﾎｵｫｵｵｲ！！<br />
みたいな人生を送りたくて仕方なかった時もあったんだけれど<br />
それって不安の裏返しというか<br />
絶対的な「自分大丈夫！」って拠り所が欲しかったんだと思う。</p>
<p>だけど、ひるがえって、自分の普段の生活の中で<br />
俺は絶対的な存在になるんだァあああ！！<br />
って思ったところで、何から手つけたらいいか分からなくない？</p>
<p>手に職！とか<br />
これさえ出来れば安心！とか<br />
公務員になれば楽勝！とか<br />
そういうのは、ある種の免罪符みたいなものでしかないように思う。</p>
<p>結局、周りの中で、自分に出来る精一杯を積み重ねるしかなくて<br />
それは、自分の環境の中で、やると周りの人が喜んでくれることだったり<br />
好きで好きで仕方がなくて、やめられないことを<br />
色んな誘惑に負けじと続けることだけなんじゃないかと。</p>
<p>とっても相対的な日々の価値観の連続中でなにをとるか！</p>
<p>そうした日々の相対的なチャレンジを続けると<br />
ある日、周りから見て、絶対的にすごいねー！なんて思われたりするんじゃないでしょうか。</p>
<p>だから、日々、自分がやって好きなことや<br />
生活の中で周りの人ができなくて、代わりに自分がやってあげられることを<br />
続けていくことしか、ないよなぁ、、、と思っています。</p>
<p>さてさて、ちょいと話しがずれましたが</p>
<p>これからも<br />
みんなそれぞれの得意なことを<br />
人のために出来る場があるありがたさを忘れずに<br />
演奏出来るバンドでいられたらいいなーっと<br />
思っております。<br />
またやるから、観に来てくださいなー</p>
<p><iframe width="640" height="360" src="http://www.youtube.com/embed/WafGIkh4yEI?rel=0" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>
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		</item>
		<item>
		<title>個のためじゃない実名主義</title>
		<link>http://www.nrkw.jp/?p=345</link>
		<comments>http://www.nrkw.jp/?p=345#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 16 Sep 2011 09:04:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Naruki Kurokawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.nrkw.jp/?p=345</guid>
		<description><![CDATA[作ったものを見たり聞いたりすると批評されます。 感想をもたれます。 あぁ！この人らしいなぁーとか。 うーん…ちょっとすきじゃないなぁーとか。 うわぁ！！やばいやばい、こういうのに出会いたかったんだ！！ とか、ジャッジがな [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>作ったものを見たり聞いたりすると批評されます。<br />
感想をもたれます。</p>
<p>あぁ！この人らしいなぁーとか。<br />
うーん…ちょっとすきじゃないなぁーとか。<br />
うわぁ！！やばいやばい、こういうのに出会いたかったんだ！！</p>
<p>とか、ジャッジがなされます。<br />
割と一瞬で。</p>
<p>だからこそ、「どういう人がこれを作っているのか！」<br />
という説明をくどくなく、簡潔に上手にすることが大事そう。<br />
<span id="more-345"></span><br />
たぶん、なにをしても嫌う人はいると思うんだけれど<br />
それはどうしたって仕方がない。<br />
色んな角度から、様々な距離感で見られたら<br />
どんな善意だって歪む余地があると思う。</p>
<p>でも出来るだけ、その歪みを減らしたい。<br />
避けられる誤解は避けたい。<br />
嫌われずに済むなら、嫌われたくない。<br />
（少なくとも僕は）</p>
<p>だから、可能であれば背後から見られてジャッジされるんじゃなくて<br />
正面からみてもらって判断をされたい気持ちがある。<br />
それでダメだったら仕方ない。<br />
それでダメだったらごめんなさいです。</p>
<p>じゃあどうやって正面きってジャッジをしてもらうか。</p>
<p>僕はそれは背景をどう理解してもらうか！ってのと同義だと思っていて<br />
自分の背景、歴史を<br />
くどくなく<br />
わざとらしく語る以外にはないんじゃないかと思う。</p>
<p>そういう歴史や時間の積み重ね以外に<br />
人間が説得力を発揮できるものはないと思っているし<br />
そう信じてる。</p>
<p>なぜならば人間には良い時も悪い時もあるから。</p>
<p>ある日、すごく元気で調子がよくて頼まれごとがあったときに<br />
「いいよ！任せて！3日頂戴！」<br />
って言える人が<br />
あくる日はすごい調子がわるくて、ダウナーで、<br />
「うっせ今忙しいんだよ！なんでもかんでも人に頼るなよ！！一昨日きやがれ！！」<br />
ってなる日も（極端だけど笑）やっぱりあるわけで</p>
<p>みんなその揺れの中でやってる。</p>
<p>ダメな時でもどこまで出来るか。<br />
有事の際になにをするのか。<br />
そういった時間の経過の中での、言動の連続が<br />
その人の信頼をつくる。</p>
<p>信頼をつくるのは難しくて、時間がかかって<br />
壊すのは一瞬と言われるのってこういうことだと思う。</p>
<p>そうしたのを踏まえて・・・</p>
<p>自分の名前「黒川成樹」で検索をかけてみると<br />
てんでばらばらのいろんなものが出てくる。</p>
<p>youtubeの動画の紹介<br />
早稲田祭<br />
東京会議<br />
Twitter<br />
Facebook<br />
miaou<br />
そして、believetohokuなどなど</p>
<p>すごい悔しい思いをしたプロジェクトも<br />
かつての栄光といえるようなものも<br />
いろいろ並んでるけど、、、<br />
あんまりない名前だからか、僕の知らない「黒川成樹」さんは出てこない。</p>
<p>昔はてんでばらばらいろんなことをしてきた自分というのを<br />
もっと線を引いて考えたかった。</p>
<p>欲張りに、<br />
広く深くを追っといて追いきれてない！<br />
選びきれてない！<br />
捨てきれてない！<br />
間に合ってない！<br />
追いつかない！</p>
<p>みたいなところがもう、ほんとイヤでイヤで<br />
いやだいやだー！！って思うんだけど</p>
<p>でも30年くらい生きてきてずっとそうってことは<br />
これからもまぁたぶん、ずっとこうなので<br />
じゃあもうごめんなさい。<br />
そういう節操ないのが自分です。<br />
なんでもう、自分の限界はここらへんです。<br />
っていうのを見せる方が、<br />
人に正面からジャッジしてもらえる気がしている。</p>
<p>甘えっちゃ甘えかもしれないんだけど、<br />
言い方を変えると</p>
<p>音楽やるのも、仕事するのも、学舎にいるのも<br />
ほかのいろんなことするのも<br />
黒川家の長男でもあったりとか<br />
そういうことひっくるめて背負えないと間に合わなくなってきていて<br />
ここが限界です、っていうのを提示しないと<br />
これ以上大きいことが出来ない。</p>
<p>社会という括りから見れば「ひとりでここまでやったからすげー！」<br />
とか、そういうのはもう全然お呼びじゃなくて<br />
個を超えて結果を出すっていう方が集団にとってはプラス。</p>
<p>それは例えばfacebookの、「実名主義でアイデンティティはひとつであるべき」というコンセプトは<br />
一見すると個を重視しているようなんだけど<br />
集団や社会の中で人を認識するには、個が明確にされてる方が<br />
扱われやすい。<br />
っていうことなんだと思う。<br />
僕は、社会で生きている以上は上手に使われたいし<br />
それが自分の価値だと思う。</p>
<p>というわけで<br />
ドメイン替えてみました。<br />
nrkw.jp</p>
<p>おそくなりましたがブックマークの変更などを宜しくおねがいしまーす！</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>500枚CD買って捨ててもいいじゃない。その人にとってのものの価値。</title>
		<link>http://www.nrkw.jp/?p=256</link>
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		<pubDate>Mon, 13 Jun 2011 14:34:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Naruki Kurokawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[身の周りにあるものの値段は モノと値段がイコール。 例えば缶ジュースであれば、だいたい120円。 でも、モノの価値は人、そして時と場合によって違うはずで そのジュースを150円出しても買いたい人も、100円で買いたい人も [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>身の周りにあるものの値段は<br />
モノと値段がイコール。<br />
例えば缶ジュースであれば、だいたい120円。</p>
<p>でも、モノの価値は人、そして時と場合によって違うはずで<br />
そのジュースを150円出しても買いたい人も、100円で買いたい人も<br />
ぶっちゃけ70円分くらいしか飲みたくない人も100円を出すか出さないかしかない。</p>
<p>その値段で買いますか？買いませんか？<br />
っていう選択肢しかない。</p>
<p>言い換えれば値段を一律にして、<br />
閾値をもうけて数量で判断するのが世の中の仕組み。<br />
このジュースを100円で売ったときに全部で何本売れるか！<br />
で判断される。</p>
<p><span id="more-256"></span></p>
<p>CDだってそう。一枚1000円のものが何枚売れるかで決められる。<br />
もしかしたら、人によってはその音楽に10万円払ってもいい！！！<br />
って思う人もいるかもしれない。<br />
でも、1000円で買う。</p>
<p>それで、ミスチルの100万枚とAKBの100万枚じゃ意味が違う！<br />
っていうのはそりゃそうなんだけれど<br />
じゃあ100万人が聴いている音楽がすごいか！っていうとそれも違うわけじゃないですか。<br />
（ミスチルを否定しているわけじゃないよ）</p>
<p>世界で一回しか再生されなかった音楽があったとして<br />
その一回をとある一人が聴いたとして<br />
その人にとってその音楽がかげかえなくて、生きて行く活力になったのであれば<br />
それは誰にもとやかく言えないことじゃないかい？<br />
って思うじゃないですか。</p>
<hr class="space" />
で、ひるがえってAKBは<br />
周りの人は知らんけど、自分にとってはこれだけの価値があるんだよ！<br />
ってことを示す手段を用意しているってところが本当にすごいと思う。</p>
<p>言い換えればこんなに好きなんです！<br />
っていう気持ちを伝える手段がなかった世界で<br />
<strong>好きな人にどんだけ好きか伝える権利がはじめて与えられた</strong>わけですので。</p>
<hr class="space" />
それはそれは精一杯伝えたい気持ちはとってもわかるんじゃないかね。</p>
<hr class="space" />
<hr class="space" />
<p>ほいでふと見渡してみると<br />
買い物をするときに自分の思った値段でお金を払うということはほとんどない。<br />
フリマとか、ヤフオクとかそういうのくらいじゃないかな？<br />
自分の中での価値より、値段の方が安ければ買う。</p>
<p>自分の気持ちをお金であらわす<br />
ってとっても難しいよ。</p>
<hr class="space" />
<p>っというわけで、モノの値段っていうのは今の世の中をひも解く<br />
とてつもないキーになってると思う。<br />
値段を付けるところから逆算して<br />
ものが作られて<br />
人の価値と照らしあわされるのはほんとうに、最後の最後。<br />
だから売れなかったら捨てられるほかないんだよね。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>問われてること、囚われていること。</title>
		<link>http://www.nrkw.jp/?p=313</link>
		<comments>http://www.nrkw.jp/?p=313#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 09 Jun 2011 14:00:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Naruki Kurokawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.klvalka.com/?p=313</guid>
		<description><![CDATA[原発の話や、情報隠蔽の話に対する懐疑的な気持ちはすごいんだけども もはやナニガナンダカすぎて怒り方が分からない。 分からなさすぎてイメージが湧かないと 行動にうつせない。 言い訳がましく聞こえてしまうかもしれないけれど、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>原発の話や、情報隠蔽の話に対する懐疑的な気持ちはすごいんだけども<br />
もはやナニガナンダカすぎて怒り方が分からない。<br />
分からなさすぎてイメージが湧かないと<br />
行動にうつせない。</p>
<p>言い訳がましく聞こえてしまうかもしれないけれど、それがすごく正直なとこ。<br />
<span id="more-313"></span></p>
<hr class="space" />
強大な敵がいるのならもう少し分かりやすいのかも。。。とも思う。<br />
みんなでぶったおそうぜ！って戦い方が出来るし<br />
これまでの歴史ではそうやって「悪の化身」を葬る事で<br />
時代が動いてきたと思う。<br />
「ラスボス」をぶっ倒して、世界は変わってきた。</p>
<p>けど、今はどうやら違う気がする。<br />
オカシイところはたぶん沢山ある。<br />
隠蔽体質、大連立、不信任、辞任、、、などなど。</p>
<p>でもそれら一連の問題を誰かが手ぐすねひいて<br />
仕切ってるわけじゃない。<br />
それぞれが複雑に関連しあいながらも独立して立ちはだかってる。</p>
<p>そういう現実を目の前にして思うのは<br />
<strong>個々の問題をクリアするのに必要なこと</strong>と<br />
<strong>全体を俯瞰してブレないようにしているのに必要なこと</strong>は<br />
別だっていうこと。</p>
<hr class="space" />
<p>一点を突破するにはそこにかなりの比重をかけなければいけない。<br />
すると必然的に全体は見られなくなる。<br />
局地戦を勝ち抜くには、目の前のことに集中しなくちゃならないから。</p>
<p>例えば年金に注力してる人が、原発にも注力出来るかっていうと<br />
それは出来ない。<br />
年金問題にフルコミットしないと、戦えない。<br />
ひとつひとつの問題が大きくて、学ばなきゃいけないことが多い。<br />
（世の中に専門家が必要な理由）</p>
<p>けれど、年金問題を解決しようと比重をかけるとその一方で<br />
原発はとめられなくなったりするし<br />
復興がすすまなかったりする。<br />
（まさに複雑系）</p>
<p>で、どっちも選べなくて折衷案に折衷案が重なって収拾つかない。<br />
みたいな。</p>
<hr class="space" />
<p>ひとつひとつ順番に解決していかなければならないわけだから<br />
色んな人がそれぞれの持ち場で一生懸命に問題に向き合うしかないわけだけど<br />
個々で違う場所にいるのに、根本にある「哲学」を共有しているような状態にならないと<br />
社会は前進しない。<br />
足をひっぱりあうことになっちゃう。</p>
<p>だから僕らの社会に必要なのは反原発とかっていう局地的な戦いに望むにあたっての<br />
<strong>共通の「哲学」または「道徳」</strong>なんじゃないかと思う。<br />
立ち返るべき場所というか。</p>
<p>利害関係から下されるジャッジでは<br />
その数式には乗らない別の事象への影響を回避することが出来ないから。</p>
<hr class="space" />
<p>じゃあ我々が持つべき哲学はなんぞや？って考えた時に<br />
言っちゃいけないかもしれないけれど<br />
震災からの復興に大きなヒントがあるんじゃないか、って期待してしまう気持ちがある。</p>
<p>やっぱり震災直後のみんながなんかしたい気持ちの高ぶりというのはすごかったと思う。</p>
<hr class="space" />
<p>ただ、あれから三ヶ月経ってみて<br />
ところがどうも、、、うまくいってないのは<br />
プラスの方向へのエネルギーで<br />
時代をひっくり返すっていうのは実はすごく難しいっていうことなんじゃないかと思ってる。</p>
<p>スターウォーズじゃないけれど暗黒エネルギーの方が、一点に向かう。<br />
これは人間の性でもあって<br />
行動経済学で立証されているけれど<br />
現状より半歩すすめることより現状から半歩下がってしまうことを人は嫌がる。<br />
退化を嫌い、せめても現状維持を求める。<br />
そして退化を嫌うぶん、進歩に対しても懐疑的にどうしてもなる。<br />
それは進歩したくないからじゃなくて退化を嫌がる気持ちの方が強いから。</p>
<p>例えば、ギャンブルでも負けがこんでくるとよりエネルギーを注いじゃう。<br />
逆に勝ってると、まぁいいかーって気持ちになるでしょ？<br />
勝ってるし。って。</p>
<p>失ったものを取り戻してやるんだ！<br />
っていう震災に対しての気持ちと同じように<br />
原発や、年金といった問題に取り組めない。<br />
やっぱりまだ失ってないから。<br />
これから失うかもしれないけれど。</p>
<hr class="space" />
<p>だから<br />
失わないと本気を出せない人類が<br />
まだ失っていないものに対してどう取り組めるのか。</p>
<p>なんか、そういうところにいる気がしてる。</p>
<p>みんなが同じ方向に向く必要はないけれど<br />
同じ時代に生きている以上、<br />
無視できない足元ってあって、<br />
いつか死ぬ自分らが、2011年を責任持って次世代に残せるかって考えられるかなのかなぁー<br />
死なない人はいない。</p>
<p>2200年にいい未来を残して、子孫らにひいひいおじいちゃんおばあちゃんたち、<br />
よくがんばった！って思われたいけどね。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>説明ができるということ。表現の強度と容量</title>
		<link>http://www.nrkw.jp/?p=254</link>
		<comments>http://www.nrkw.jp/?p=254#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 22 Feb 2011 14:06:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Naruki Kurokawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.klvalka.com/?p=254</guid>
		<description><![CDATA[この間写真についてポストしてみたはいいけれど、、、 正直、僕は良い写真と良くない写真の差は全然分からないし 自分がその写真が好きなのか、嫌いなのかすらギリギリで あんまりうまく説明出来ない。 けど、去年の夏前くらいに、自 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>この間写真についてポストしてみたはいいけれど、、、</p>
<p>正直、僕は良い写真と良くない写真の差は全然分からないし<br />
自分がその写真が好きなのか、嫌いなのかすらギリギリで<br />
あんまりうまく説明出来ない。</p>
<p>けど、去年の夏前くらいに、自分の中でふと、ある部分、腑に落ちたことがありました</p>
<p><span id="more-254"></span></p>
<hr class="space" />
<p>写真美術館に、古屋誠一さんの写真展を観に行ったときのこと。</p>
<hr class="space" />
<p>その時は<br />
よくわかんないんだけれど、写真がぜんぶ、雄弁すぎて痛いというか<br />
こんなに赤裸々にせんでも、、、<br />
というのが正直な感想で<br />
個人的には、もしかしたら受け取りたくない情報も、<br />
見ちゃったからには受け取らざるをえず、<br />
歪曲させて、まるめて理解する余地を与えていない感じに驚いた。</p>
<hr class="space" />
<p>そこで漠然と、、、</p>
<p>「写真の情報量はそこにあるだけが全てなのに、誤解を許さないんだなぁ、、、<br />
けど、音楽はものすごーい沢山の情報量を持ってるのに無限に誤解を招くもんだなぁ、、、」</p>
<p>と思ったのでした。</p>
<hr class="space" />
<p>視覚と聴覚の問題といえばそうだし<br />
時間芸術と空間芸術とか色々な説明はあると思うのだけれど<br />
そのときはそんなことを考えながら<br />
なんとなーく手を動かしてそれとない図を書いてみた。<br />
上の画像は、その時のはしりがき。</p>
<hr class="space" />
<p><strong>横軸にその表現手法が持つ情報量</strong><br />
<strong>縦軸にそれが持つ情報の強度＝誤解の少なさ</strong></p>
<p>をとって<br />
色々な表現手法が果たして、どこに位置するかを入れてみた。</p>
<p>↓こんなかんじ<br />
<img src="http://www.klvalka.com/wp-content/uploads/strengthcapacity.png" alt="" title="strength&amp;capacity" width="480" height="360" class="alignnone size-full wp-image-263" /></p>
<hr class="space" />
<p>したら、なんか<br />
あぁーそういうことかもなぁーって、思え始めて、、、</p>
<hr class="space" />
<p>例えば、4人組のバンドの4分半の曲があると<br />
そこには4人の人間の4分半の記録がミッチリとつまってる。<br />
気分のアップダウン、集中力の有無、とかもう全部入っちゃう。<br />
メロディも、リズムも、音色も、構成も！！すごい情報量。<br />
なのに、具体的にはなにも説明していない。</p>
<hr class="space" />
<blockquote><p>（歌や歌詞があるとまた別だけど僕は基本的に、音楽に歌詞がついたものは<br />
	音楽と映画の間のものだと思っているので、ちょっとおいといて）</p></blockquote>
<hr class="space" />
<p>一方の写真は、デジカメにせよ、一眼にせよ、<br />
偶然を味方にしつつ誰でもキレイなだけの写真は撮れちゃうと思う。<br />
ちょっとカメラもって夕陽とったら、それは最高！<br />
実際撮った本人にとっては最高だと思う。<br />
好きで撮った写真なら、自分のPCのiPhotoに入れてスライドショーして楽しめば十分だもの。</p>
<hr class="space" />
<p>ただ、自分のものとしてではなくて、パブリックにその写真が評価されるか否かでいくと<br />
その瞬間じゃなきゃいけなかった理由とか<br />
その1秒前ではなく、その瞬間だった理由とか<br />
が写真の強度を作ってるんだなぁ・・・ってはじめて分かった気がした。</p>
<hr class="space" />
<p>あまりにも雄弁で、その瞬間の誤解はないけど<br />
前後の誤解はいくらでも招くしね。</p>
<p>まるで音楽と反対なんだなぁーと。</p>
<hr class="space" />
<p>音楽はどの一瞬も説明しない。<br />
どんなに景色を雄弁に語る音楽もタイトルがなかったら無限の誤解を生むだろうし<br />
その許容量が音楽が人をなぐさめるわけで。</p>
<p>大切な人と別れた時に、優しい音楽はあっても<br />
優しい写真はないでしょう。</p>
<hr class="space" />
<p>で、ここまで、もしかしたら<br />
ものすごーく当たり前のことを書いているかもしれないけれど<br />
言いたい事は写真の見方についてのウンチクじゃない。</p>
<hr class="space" />
<p>こうやって図に出来て以来<br />
自分の中で写真に対する、好き嫌いがはじめて持てるようになった。<br />
前回みたいなエントリーも書けた。</p>
<p>合ってるか、外れてるかは別に関係なくて<br />
自分の中のモノサシでしかないけれど<br />
こうして説明できるという事実はやっぱり重要だと思う。</p>
<hr class="space" />
<p>表現者としては<br />
自分の表現を説明出来ちゃうのはツマラナイことだし<br />
言葉で理解したことを<br />
説明する必要ばかりではないかもしれないけれど</p>
<p>受け手として何かを楽しむ時には、<br />
それを説明できることで<br />
増える楽しみの方が多いと思う。</p>
<p>共有したり、整理したり、想像したり。</p>
<hr class="space" />
<p>説明ってなんだか、余計なもののような言葉の印象があるけれど<br />
それはアウトプットに対してのもので<br />
インプットしたものについての説明は<br />
まさしく咀嚼行為なんだろうなって、思います。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.nrkw.jp/?feed=rss2&#038;p=254</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>それはそれは良い写真</title>
		<link>http://www.nrkw.jp/?p=248</link>
		<comments>http://www.nrkw.jp/?p=248#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 10 Feb 2011 14:36:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Naruki Kurokawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.klvalka.com/?p=248</guid>
		<description><![CDATA[twitter経由で入ってくる情報が多くて RSSリーダーをチェックしなくなってしまっている 昨今ですが それでもついつい見ちゃうサイトがふたつあります。 どちらも写真を見てるんだけど 勝手に紹介してもいいだろうか。 ■ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>twitter経由で入ってくる情報が多くて<br />
RSSリーダーをチェックしなくなってしまっている<br />
昨今ですが<br />
それでもついつい見ちゃうサイトがふたつあります。</p>
<p>どちらも写真を見てるんだけど<br />
勝手に紹介してもいいだろうか。<br />
<span id="more-248"></span></p>
<hr class="space" />
<p>■<a href="http://365days.wataamee.com/">365 days </a></p>
<p><a href="http://365days.wataamee.com/"><br />
<img src="http://www.klvalka.com/wp-content/uploads/9a88067ada916e280bf03e32644ce7e2-300x224.png" alt="" title="365 days" width="300" height="224" class="alignnone size-medium wp-image-250" /><br />
</a></p>
<hr class="space" />
<p>毎日必ずその日に撮った写真をアップしている<br />
wataameくんのサイト。<br />
率直にいって、<br />
僕は彼の大ファンで<br />
前からブログもRSSに登録していたりしました。</p>
<p>そしたら、ある日、東京会議の番組企画で彼がパンを試食しに登場して<br />
びっくり！twitterで話しかけさせてもらいました。</p>
<p>そんな彼が今年からはじめたのがこのサイトで<br />
ホント今いちばん更新されるのが楽しみなサイト。<br />
まだ撮られてない未来の写真が楽しみで仕方がない。</p>
<hr class="space" />
<p>■<a href="http://d.hatena.ne.jp/gakigakiga/">丁寧な、雑多な、乱暴な、寛容な制作の為の日記</a><br />
<a href="http://d.hatena.ne.jp/gakigakiga/"><br />
<img src="http://www.klvalka.com/wp-content/uploads/ab5f01a096c8045a08d3c3f7c02e5d8f-300x206.png" alt="" title="丁寧な、雑多な、乱暴な、寛容な制作の為の日記" width="300" height="206" class="alignnone size-medium wp-image-251" /><br />
</a></p>
<hr class="space" />
サークルの大先輩であり、音楽仲間であり、話せる兄貴であり<br />
時には隅田川の水上バスに二人で乗ったこともあったりする<br />
未来さんのブログ。</p>
<p>wataameくんとはうってかわって、<br />
この乱暴な写真のアップの仕方！！<br />
ブログの横幅なんて無視してるどころの騒ぎじゃないし<br />
一度にアップされる写真の量も並びも<br />
カオス！<br />
ここはどこぞのインターネッツですか。</p>
<p>なのによくわからないエネルギーをひめた写真が多くて<br />
不思議と引き込まれる。</p>
<p>だから、時々自分が写ってたり、<br />
自分の音楽部屋が載ってると嬉しい！</p>
<hr class="space" />
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.nrkw.jp/?feed=rss2&#038;p=248</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>父について &#8211; way of being rational 2</title>
		<link>http://www.nrkw.jp/?p=220</link>
		<comments>http://www.nrkw.jp/?p=220#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 09 Feb 2011 04:59:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Naruki Kurokawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.klvalka.com/?p=220</guid>
		<description><![CDATA[2010年の11月頭頃から、父の調子が悪くなり始める。 腹水がたまり、お腹がパンパンにふくれていた。 それからは人生で経験のしたことのないようなコトが 次から次へと起こった。 およそブログには書けないようなコトだってあっ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2010年の11月頭頃から、父の調子が悪くなり始める。<br />
腹水がたまり、お腹がパンパンにふくれていた。</p>
<p>それからは人生で経験のしたことのないようなコトが<br />
次から次へと起こった。<br />
およそブログには書けないようなコトだってあった。</p>
<p>ただ、父の主張は一貫していた。<br />
病院はいやだ、家に帰りたい。</p>
<p><span id="more-220"></span></p>
<p>その２年前に入院した時には<br />
自分で私小説のようなものを書いたりもしていた。<br />
ところが、今回はじっと痛みに耐えていることも多く<br />
なにもせずに過ごしている時間が長かった。</p>
<hr class="space" />
病院の夜は長くて、孤独で、<br />
父から少しずつ色んな「意思」を奪っていくのだという。</p>
<hr class="space" />
<p>とりあえず僕は<br />
父に色々喋ってもらうことにした。</p>
<p>父は喋るのは得意だが、文章はどうひいき目にみてもうまくない。<br />
amazonでのレビューもかんばしくない笑</p>
<p>話したいこと、書きたい事が先行して<br />
文章にならない。（自分も人のこと言えないけれど、、、）<br />
喋る分にはその場でフォローが出来るからいいけれど<br />
文章だとそうはいかない。</p>
<p>だから、ややこしくなる。</p>
<hr class="space" />
父の理論はしごくシンプルでかつ分かりやすいし<br />
とっても平易なものだと僕は思っていたので<br />
今までとは別な形で、残せないかと<br />
あるとき3時間くらいかけてインタビューをした。</p>
<hr class="space" />
ちょうど、話題になっていた「光の道」について、語ってもらった。</p>
<hr class="space" />
<p>もしかしたら、経済学者にとってはありきたりかもしれないけれど<br />
僕ぐらいにはこれくらいがちょうどいいと思う感じで<br />
しゃべってる勢いをそのままに、やや乱文だけど、そのまままとめてみた。</p>
<p>そして、それを父のサイトで公開した。<br />
ゆくゆくはこのシリーズを増やしていって<br />
父を今までとは違う形で勇気づけられるんじゃないかと<br />
淡い期待をいだいていた。</p>
<p>もしかしたらメルマガにしてもいいかもしれないし<br />
一定期間経過した記事は非公開にして課金制にしたりしても<br />
面白いかもしれない。<br />
そんな話をしていたが、結局、それは実現しなかった。</p>
<hr class="space" />
<a href="http://www.kuroken.com/?p=21">光の道について</a></p>
<hr class="space" />
<p>12/25、奇跡的に体調が回復してきて<br />
家に帰ることが許された。<br />
クリスマスも、お正月も、一緒に過ごす事が出来た。</p>
<p>ただ、少しずつ少しずつ<br />
体調が悪くなってきているのが<br />
家族にはよくわかった。</p>
<p>父の出来る事が減っていった。</p>
<p>僕はそうなるにつれて<br />
心の準備をするようになった。<br />
なんどもシュミレーションをした。<br />
いざとなった時に<br />
うろたえないように。</p>
<p>ある日は鼻血が止まらなくなって<br />
救急車で運ばれた。<br />
深夜に家に帰ってこられた時には<br />
ホッとして思わず父の病状をツイートしてしまったこともあった。</p>
<p>亡くなる日の4日前には、<br />
父は受け持っていた<br />
五人の大学院生の口述試験を<br />
外出が出来ない為にSkypeでやり遂げた。</p>
<p>さらには、アジアカップの決勝を最後まで見届けた。</p>
<hr class="space" />
<p>そんな中、<br />
固形物が食べられなくなり<br />
言葉が不自由になり<br />
体を起こすだけで、息が苦しそうになるのをみていて<br />
僕はいよいよ覚悟を決めた。</p>
<hr class="space" />
<p>水曜日は、父の定期検診の日だった。<br />
病院への往復は父への負担であることは分かっていた。</p>
<p>だから前日の夜、母と妹と相談して<br />
これ以上は家で過ごしてもうまくいかないだろうということを話した。<br />
明日病院に行ったら、入院しようと。</p>
<p>そして、今夜は家で過ごせる最後の日になるかもしれないから<br />
同じ部屋に布団をひいて寝ようと言った。<br />
かつて、僕がまだ幼稚園児だったころはみんなで寝ていた部屋だ。</p>
<p>父は、「どうしてみんなしているんだ？」<br />
と訝しげに言っていたけれど、あれは照れ隠しだったと思う。</p>
<p>真っ暗にした部屋で、妹の携帯だけが光って<br />
天井に反射していた。<br />
むかし、家族でテントに泊まったとき、テントに映った<br />
懐中電灯を思い出した。</p>
<hr class="space" />
<p>夜が明けると妹が、父の為に朝ご飯を作った。<br />
タンパク質が足りていないせいか<br />
好んで食べていたベーコンエッグ。</p>
<p>だが、父はいらないといって水だけを飲みたがった。<br />
母が水をあげるふりをして<br />
こっそりとベーコンエッグのかけらを口へ放り込んだ。</p>
<p>父はなにするんだ！怒っていたけれど、それが最後のご飯になった。</p>
<hr class="space" />
<p>民間救急車で病院まで運ばれて、いつも通り先生の診察と輸血を待っていた。</p>
<p>僕らは先生に、家族で出来る限界までやってきたと思う。<br />
また病院にお世話になる時がきたと思っています。<br />
と伝えた。</p>
<p>先生も、今日入院しないのであれば<br />
もう病院にはこないで最後まで家ですごしてください、と言うつもりだったそうだ。</p>
<p>先生が入院の手はずを整えてくれて<br />
いつもと同じように輸血の準備をはじめた頃<br />
父の様子がおかしくなった。<br />
苦しそうに咳き込んだあと、こちらの呼びかけに応じなくなった。</p>
<p>そこからはあれよあれよという間だった。<br />
ただ、とてもじゃないけれど、回想できない。</p>
<p>最後はゆっくりと呼吸がとまった。</p>
<hr class="space" />
<hr class="space" />
<p>父はもしかしたら、入院がいやだったのかもしれない。</p>
<p>さらに、僕ら家族3人がすぐそばにいて<br />
長年お世話になった主治医の先生に看取ってもらうという<br />
これ以上のタイミングはなかったところで逝った。</p>
<hr class="space" />
<p>本人にが死をのぞんだというつもりは全くないけれど<br />
受け入れた、、、というのはあったかもしれない。<br />
最後は気力だけで生きていたと思うし<br />
十分に病気とも戦った。</p>
<p>だから不謹慎かもしれないけれど<br />
僕は父の最期は、父が自ら選択したことだと思っている。</p>
<p>戦いきって、今しかない瞬間を選んだ。<br />
合理的という言葉は使いたくないけれど<br />
きっと、父の中では死を選びとる理由があったのだとおもう。</p>
<hr class="space" />
<hr class="space" />
<p>そして、今日まで一週間。<br />
沢山の方々に支えていただいて<br />
とってもうちの家族らしいお葬式も出来た。</p>
<p>もちろん、うまくいかないこともあったけれど<br />
色んな方にお会いして、僕の知らない父の話が聞けたのは<br />
最高に楽しかった。<br />
人生でこんなに泣いたり、笑ったりした時はなかった。</p>
<p>父ではない、黒川和美の生き様を垣間みることが出来て<br />
はじめてその偉大さが分かったような気がする。</p>
<hr class="space" />
<p>けどそれだけじゃない。<br />
もうひとつ。<br />
お葬式での母の姿に、心の底から感服した。</p>
<hr class="space" />
お通夜では600人以上のお客様すべての方と言葉を交わして<br />
瞬時に名前とその人のプロフィールを思い出しては<br />
お礼の言葉を述べ続けていた。<br />
約100分間、ぶっとおしで。</p>
<p>告別式の挨拶では、ずーっとなにを喋ったら良いか分からないと言っていたとは思えないほど<br />
心を打つスピーチをしていた。<br />
想いがそのまま言葉になって、飛び出してきてるみたいだった。</p>
<p>この母あっての、父だった。<br />
そして父あっての母だ。</p>
<p>父は精神の自由と充実を追い求めていた、と母はいった。<br />
最後の口述試験でも、全員の生徒に、<br />
「その研究で面白かったのはなに？どこが楽しかったの？それを話して？」<br />
と、尋ねていたそうだ。</p>
<p>合理的決断の根拠を、その強さを確かめていたのだと思う。</p>
<hr class="space" />
<p>自分の中の理屈を100%信じて進む事は<br />
とてつもない推進力も生むけれど<br />
その分、沢山の混乱も、同時に引き起こしてきたのだと思う。<br />
それをずっと分かって支えていたのが母だったのだと思う。</p>
<hr class="space" />
<p>ふと気づいたら父のメールアドレスは<br />
rational choice（合理的選択）。<br />
そして、母のはbeautiful through pass。</p>
<p>ホント、この二人の息子でよかったよ。<br />
28年間、ありがとうね。<br />
おつかれさま。</p>
<p><img src="http://www.klvalka.com/wp-content/uploads/IMG_0099-300x225.jpg" alt="" title="IMG_0099" width="300" height="225" class="alignnone size-medium wp-image-225" /></p>
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		<title>父について &#8211; way of being rational 1</title>
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		<pubDate>Wed, 09 Feb 2011 04:58:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Naruki Kurokawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[2011年2月2日13:58に、父黒川和美が他界しました。 1946年6月2日生まれなので、ちょうど64歳と8ヶ月、 僕が生まれたのが父が36歳の時だから 僕がいる人生より、僕がいない人生の方が長い。 そう考えるとやっぱ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2011年2月2日13:58に、父黒川和美が他界しました。<br />
1946年6月2日生まれなので、ちょうど64歳と8ヶ月、<br />
僕が生まれたのが父が36歳の時だから<br />
僕がいる人生より、僕がいない人生の方が長い。<br />
そう考えるとやっぱり、もうちょっと一緒にいたかったように思う。</p>
<p><span id="more-217"></span></p>
<hr class="space" />
<p>僕が友達に父を紹介する時にはだいたいこんなコトを話していた。</p>
<p>”経済学の先生なんだけど、<br />
例えばある町にバスを通すのがいいのか、電車を通すのがいいのか、<br />
その存在で人々の生活を大きく左右するものを作る時に<br />
どういう組み合わせや、制度やあり方だとみんなが幸せに使えるか〜〜〜<br />
みたいなことをやってる、、、みたい。<br />
最近だと、ソフトバンクで大騒ぎになった「光の道」を考える会の座長とかやってるよ”</p>
<hr class="space" />
<p>経済学にしては、哲学的というか心理学的というか<br />
「人がインフラによってどれくらい動かされるか」<br />
みたいなことを検証するのが仕事だったんじゃないかと思う。</p>
<hr class="space" />
<hr class="space" />
<p>父の病気が分かったのはちょうど、父が60歳になる時のことだった。<br />
もともと体力自慢の父が、しきりに疲れた、疲れた、と言うようになっていた。<br />
それに異変を感じた母が、病院へ行く事をすすめ、血液検査をしたのがきっかけだった。</p>
<p>病名は「原発性骨髄線維症」</p>
<p>本来は骨髄の中で血液を作る役目を担う部分も骨になってしまい<br />
平たくいえば血が作られなくなってしまう病気で<br />
解決策の見つかっていない難病。</p>
<p>余命は3〜5年と言われた。</p>
<hr class="space" />
<p>ただ、父は学者であったために<br />
自分が難病であることをむしろ前向きに受け止めていた。</p>
<p>自分で自分の診断結果をエクセルに記入し、<br />
グラフを作って仮説をたてては<br />
検診のたびに主治医の先生に持論を展開していた。<br />
そして、自分のデータが未知なるものの解明につながる可能性があることを<br />
喜んでいた。</p>
<p>僕ら家族はその姿にずいぶん勇気づけられていた。</p>
<hr class="space" />
<p>そして、やり方は工夫しながらも<br />
病気と付き合いながら出来る限りの仕事を続けていた。</p>
<p>とはいえ、多摩にキャンパスがある経済学部でゼミを持ち続けるのが<br />
少しずつ負担になってきて<br />
市ヶ谷キャンパスで、大学院の授業を持つだけに切り替えた時<br />
最終講義があった。</p>
<p>そしてそこで、はじめて父の授業を聴いた。<br />
えらく緊張したことを覚えてる。</p>
<hr class="space" />
<p>うろ覚えで申し訳ないけれど<br />
講義の内容は「rational choice」<br />
すなわち合理的選択は可能かどうか、<br />
という話だったと思う。</p>
<p>経済学では、一般的に消費者はとっても賢くて<br />
選択肢の中から間違いのないものを選ぶ！と仮定してモノゴトを説明する。<br />
例えば安くていいものと、高くてイマイチなものがあったら<br />
間違いなく前者を買うだろう、っと。</p>
<p>でも、実際には僕らは往々にして間違える。<br />
買ってたことをすっかり失念して同じマンガを買っちゃう事もあれば<br />
分かっているのにやめられなくて、ついつい無駄遣いをしちゃったりもする。</p>
<p>果たしてそれは合理的と呼べるのか？否か？</p>
<hr class="space" />
<p>父の理論は<br />
「仮に他人には分かってもらえなくとも<br />
自分の中では、それを選ばせる理由があったんだから<br />
それは合理的といえる！」<br />
というものだった。</p>
<hr class="space" />
僕はそれを聴いて、正直、びっくりした。</p>
<hr class="space" />
<p>とっても乱暴な意見だなぁーっとも思ったし<br />
そんな発想でモノゴトを捉えちゃったら<br />
世の中から反省の２文字は消えてなくなるんじゃないか！とも思った。</p>
<hr class="space" />
例えばどういうことかというと</p>
<hr class="space" />
<p>奥さんがいるのに、好きな人が出来て不倫しちゃいました！<br />
みたいなコトは一般的には許されないけれど<br />
不倫してでも構わないくらい好きだ！っていう理由があったのなら<br />
それは周りからどう言われようと本人にとっては合理的だったよね。</p>
<p>と、例えばそういうことになってしまう。。</p>
<hr class="space" />
<p>ただ、当時僕は同時になんて優しい理論なんだろうとも思った。</p>
<p>気の迷いだって、<br />
なんだって、<br />
あなたがそう思ったのなら<br />
それは立派な理由であり、<br />
本人にしか理解出来ないかもしれないけれど<br />
誰も非合理的と呼ぶ事は出来ない。</p>
<p>もし、あなたが会社で<br />
手間ひまかけて大事なプレゼン資料を作ったとする。<br />
上司はもしかしたら、それくらいの資料間に合わせで作れよ！<br />
っと言うかもしれない。</p>
<p>けども、あなたの中にそれを丁寧に作りたいという欲求があったのなら<br />
会社的な利益はおいておいたとして<br />
誰もそれを非合理的とは言えないのだ。</p>
<p>価値観の差なんて無限大だもの。</p>
<hr class="space" />
<p>そして、なんだか僕は妙に納得した。<br />
父の生き様はそれそのままだったから。<br />
父は自分の合理性を信じて疑っていなかった。</p>
<hr class="space" />
<p>無論、実際の論文や研究をする際には<br />
実証もしていただろうし、色々なデータをあつめて<br />
論拠に裏付けをしていたと思うけど<br />
普段の生活での父は<br />
息子としては時にムカつくほど、自由に自分のやりたいと思った事をやった。</p>
<p>食べたいものを食べ<br />
観たいものを観て<br />
それを邪魔されれば素直に怒った。</p>
<p>特に10代の頃の僕にとってはそうしたふるまいがおよそ大人らしく見えず<br />
毎日ふざけんな！っと思っていたし<br />
こんな生き方してて、どうしてゼミ生達に嫌われないのか不思議でならなかった。</p>
<p>毎回ご飯おごって学生たちの人気を集めてるんだろうなぁーハァ。。。<br />
くらいにしか思っていなかった。</p>
<hr class="space" />
<p>けど、どうやら違ったらしい。<br />
父は自分にも確かに、優しいが<br />
学生たちや、色んな問題にたいしても<br />
とても優しかったんだと思う。</p>
<hr class="space" />
<p>いろいろな間違いや、失敗や、心の迷いが<br />
どんなにはたからみて馬鹿げたことだとしても<br />
当人にとってはそうしてしまう理由があったことを<br />
いつも受け止めていたんだろうと思う。</p>
<p>結局、僕の進路についても<br />
一言も文句を言ったことはなかった。<br />
さんざん留年した事も、まったく就職活動をしなかった事も<br />
咎めたことはなかった。</p>
<p>経済学で培われた、合理的選択は<br />
父の教育方針の根っこにもつながっていたのだと思う。</p>
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